母の日の由来と起源

母の日の由来と起源

5月の第2日曜日は「母の日」。2023年は5月14日(日)です。

日本を始め、世界の多くの国では「5月の第2日曜日」に母の日をお祝いしているのですが、なぜこの日が「母の日」になったか、その由来をご存知ですか?

今回は、「5月の第2日曜日が母の日になった由来」と「日本の母の日の起源」についてご紹介したいと思います。

5月の第2日曜日が母の日になった由来

1908年5月、アメリカ・ウエストバージニア州の教会でアンナ・ジャービスという女性が自分の亡き母であるアン・ジャービスを追悼したいという想いから、教会の参列者に白いカーネーションを配ったのがきっかけ。
アンナの母であるアン・ジャービスは、南北戦争時に自身がもともと女性で結成していた「母の日ワークライブ」という公衆衛生運動団体を率いて、敵味方関係なく戦争で負傷した兵士の手当てや看護を行っていました。アンナは、アメリカの平和に貢献していた母の活動や功績に敬意を表すとともに、追悼の意を込めて集会を開き、亡き母が好きだった白いカーネーションを参列者に配りました。そしてこの日を「母に感謝をし、敬意を払う日」としました。多くの人々が彼女の意志や母への感謝の大切さに共感したことでアメリカ全土に広がっていきました。その後、1910年にはアンナ・ジャービスの出身地であるウェストヴァージニア州の州知事が「5月の第2日曜日を母の日とする」と宣言し、1914年にアメリカ議会によって正式に「母の日」と制定され、同時に白いカーネーションがシンボルとなりました。

では、なぜ現在の母の日の定番のお花が白ではなく「赤いカーネーション」になったのでしょうか。
その理由は、アンナ・ジャービスが亡き母の追悼に白いカーネーションを配ったことから、「亡くなった方へ贈る」というイメージが持たれるようになり、母の日に白いカーネーションを贈ることは、母を亡くした子供の気持ちを傷つけてしまうのではないかと懸念されたため、母親が健在の場合は赤いカーネーションを贈るようになり、現在の「母の日には赤いカーネーション」という風習が定着しました。

日本の母の日の起源

アメリカの母の日が制定される以前からアイルランド・イギリスのキリスト教では3月に「マザリングサンデー」という母に感謝する移動祝日がありました。日本でも当時、3月が母の日として認知され、1931年(昭和6年)に大日本連合婦人会が結成し、昭和天皇の皇后さまの誕生日である3月6日が母の日として公式に制定されましたが、知名度は低いままでした。
しかし、1937年(昭和12年)5月、日本のお菓子メーカーが20万人のお母さんを東京の遊園地に無料招待し、「母の日大会」を開催しました。「ありがとうお母さん!」と題したこのイベントがメディアで大きく取り上げられたことで日本でも「母の日」が広く知れ渡りました。それから第二次世界大戦後、再びアメリカの文化が広まり、アメリカにならって5月の第2日曜日が「母の日」となり日本全国に普及していきました。

そんな母の日ですが、多くの国で5月の第2日曜日を「母の日」にしていますが、国によって由来や風習の違いがあり、それぞれの母の日があります。しかし、「お母さん」は世界中どこにいっても大きな存在であり、大切にされていて、どの国でもお母さんに感謝する日としてお祝いされています。

普段離れていて感謝の気持ちを伝えられていなくても、年に一度の「母の日」には、大好きなお母さんに感謝の気持ちを込めたお花を贈り、「いつもありがとう」と伝えてみてはいかがでしょうか。


過去の「各国の母の日」についての記事はこちらから
>>2021年 各国の母の日

この記事を書いた人

株式会社イーフローラ